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2012年11月02日

2012年10月微笑みの国タイ王国に行ってきました!15

バンコクでの移動は、渋滞を避け、水上バスだったり、地下鉄だったり、モノレールだったり。
でも、一番乗ったのは駅⇄目的地の近距離移動のトゥクトゥクとかバイタク(バイクタクシー。バイクに二人乗りや三人乗り)。
この二つはメーターがないので、乗る前に「◯◯まで行くんだけど、いくら?」と、
事前に価格交渉しないといけません。

コーディネーターから「トゥクトゥクやバイタクに乗るなら、決して言い値で乗っては行けない。少なくとも半額くらいまでは値切らないと、言い値で乗ると「コイツ金持ってんな・・・」と思われ、ジュエリーショップやピンポンショウに連れて行かれ面倒くさい事になる。日本人に取っては100バーツなんた大した金額じゃないから、払ってしまうかもしれないけど何よりも、日本人はボレる。と思わせるのが悔しいし、タイ人にとってもよくない。」と釘を刺されていました。

ホテルのエレベーターに貼ってあった警告文
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現にチェンマイで、夜に一人でトゥクトゥクに乗り、ホテルに行くように行ったのに、カラオケバーに連れて行かれた。

トゥクトゥクやバイタクがたむろしている所には、一人や二人の多少は英語を喋れるドライバーがいます。
英語で価格交渉してくるのは、そのグループのリーダーのようです。
リーダーと交渉し、乗せて行ってくれるのは、全く違う人だったりするし、しかもタイ語しか話せない。
ちなみにボクの英語力はとりあえず英検4級程度笑。

交渉で、最初に言ってくる金額は、間違いなく最低2倍は高く言ってきます。
だいたいの相場が解ってきたボクの値切り交渉の内容はこんな感じです。
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ボク「あの〜、〇〇(100バーツくらいの所)って知ってますか?」
ドラ「知ってるよ!」知ってても道がわからない事が大半。
ボク「いくらで行ってくれますか?」
ドラ ちょっと上目遣いで「200バーツだね。」
ボク「えぇーーーっ!冗談でしょ!高いよ。」めっちゃ大げさ。
ドラ「高くないよ。アイツに聞いてみろよ。」隣のドライバーを指す。
ボク「なんで?なんで200もすんの?来る時は70バーツだったのに!」ウソ本当は100くらい。
ドラ「えぇ!70?!笑 140バーツはもらわないと!」
ボク「100だよ!100。ボク100しか持ってないよ!」この辺でお互いにテンション、かなり上がってます。
ドラ「じゃ、しょうがないな!おーい、(仲間に向かって)誰か〇〇まで100バーツで行くヤツいるか?」

で、お茶を引いているドライバーに、乗せて行ってもらうわけですが、これは成功例。
でも、トゥクトゥクで100バーツなら、儲かっていると思います。
交渉に応じなければ、「じゃ、もういいよ!」と言って、そこら中にいる他のトゥクトゥクに乗ればいい訳ですから。
結果、半額くらいで行くのなら、最初っからその金額で行ってくれればいいのに。
この価格交渉が、すっごく疲れるのですよ。

一度は100バーツのところを120バーツでOKを出すと、「えっ!本当に120出すの?イヤッホウ!」と
騒ぎ出し、隣のドライバーが「オマエ、120もらうのか?オレに20よこせ!」と言う流れになり、
ボクは「なんで?なんで?君たち、ハッピーなの?」と訳もわからず一緒になってハイタッチ。
ボクらにとっては60円くらいのお金だけど、ドライバー達はそのお金で小躍りする位に、物価価値が違うんだな。と思いました。
言い値が100なら、70に値切って、30をチップであげるようにしています。
疲れている時は、タイ人のテンションの高さとしたたかさに、着いて行けない時がありますね。

トゥクトゥクからの街角風景。

トゥクトゥクやバイタクは、距離と言うよりも走っている時間で金額を計算しているみたいで、
「この距離で、バイタクには乗らんやろう。」と言う長距離をバイタクで走った時は、
あまりにも飛ばすので、2度ほどバイクから転げ落ちそうになりました。
タグ:thai バンコク

2012年11月01日

2012年10月微笑みの国タイ王国に行ってきました!14

なんと日本の暦では11月になってしまったようです。
まぁ・・・タイでの時差は-2時間しかないので同じなのですが、精神的には日本を出国したのは遠い昔のようです。

今日はタイに来て、始めて雨が降りました。
この時期は、ちょうど雨期から乾期の入れ替わり時期らしく、雨は少ないそうです。
東南アジアのスコールは有名でザッと降ってサッと止む。
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バンコクの街では、雨が降っている間は雨宿りしているみたいで、傘をさして歩く人もほとんど見ませんでした。
待ち合せをしていても、雨が降ると1時間ほど遅れる事は当たり前だそうです。
それと日差しが強いにも関わらず、帽子を被っている人も少なかったですね。

地図も持たずに、一人で地下鉄に乗り、見知らぬ駅ラマ9世駅に降りて、見知らぬおばさんについて行ってみました。
お腹が空いたので、路地にひと際眩しい食堂の明かりを見つけ、入ってみる事にしました。
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若い店員さんに英語でメニューを求めると、「オマエ、なに言ってんのか、わかんねーよ!」と言うような感じで、裏からおばあちゃんを連れてきました。
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なんとメニューを持って来たおばあちゃんは英語がしゃべれて、ボクの近くに座り込み野菜の皮を剥き出しました。
おばあちゃんはこの店のオーナーらしく、ベトナム戦争時代にはパタヤで米兵相手の食堂で働いていたそうです。
カーネルがなんとか・・・とか、フェーン(タイ語で恋人)がなんとかとか言っていたので、
当時は米軍大佐と付き合っていたのかも知れませんね。
「マレーシアにはいつ帰るんだい?」と(と言うような事)聞かれ、ボクの事はいつの間にかマレー系中国人と思ってるみたいで、「日本人だ!」と言うと「じゃ?どっちの親がタイ人なんだ?」と最後は話が噛み合なくなりました爆。